みなさん、仙臺四郎(せんだいしろう)という人物はご存知でしょうか?
彼の人物像を紹介すると、江戸末期から明治にかけて、宮城県仙台市に実在した人物です。
常に笑顔を絶やさず街の人々から愛されていて、
彼が立ち寄ったお店はことごとく繁盛し、彼が抱っこした子どもは丈夫に育ったなど
色々なエピソードが言い伝えられ、当時の新聞や歴史資料にその記録が残されていて
商売繁盛の福の神とされた人物でした。
彼は知的障害があり、言葉がうまく話せなかったそうなのですが、
馬車や汽車、自転車でも行動したり、散歩が大好きだったとも言われています。
仙臺四郎という人物像を整理すると、
・普段は目立たない存在
(知的障がいを持ち、言葉はほとんど話さず、常日頃ニコニコと笑顔を絶やさなかった)
・行く先々に「商売繁盛」をもたらす福の神
(立ち寄る店が必ず繁盛し、人々の生活に良い影響を与えた)
・街を歩き回る「循環」の存在
(常に街を歩き回り、行動範囲が広く、笑顔が人を引き寄せた)
・人々に愛され、生活に欠かせない存在
(子どもを抱けば健康に育つと信じられ、当時のメディアでも取り上げられるほど有名だった)
彼の人物像を我々の給排水衛生設備業に例えるならば、
・建物に隠れて見えない縁の下の力持ち
(あって当たり前と思われ、普段は関心を持たれないが、不可欠なもの)
・建物の活動を支える「命のインフラ」
(衛生的で健康な生活環境を維持し、建物を機能させるために不可欠なライフライン)
・水と排水を滞りなく循環させるシステム
(建物内に水を供給し、使用済みの水を衛生的に排出する流れ)
・生活の当たり前を守る衛生維持の要
(トイレやキッチン、浴室など、衛生的で快適な生活に必須の水回りを支える)
このように、仙臺四郎がその特異な存在感によって人々の生活と商売を密かに支えたように、
給排水衛生設備は、そのほとんどが隠れた部分にありながらも、
建物を「ただのコンクリートの箱」ではなく「命の宿る施設」にするための
必要不可欠な生命線なのではないかと思う今日この頃です。
MI